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禅の十牛図

道家に伝わる「牛を訪ねて巡礼にでる-8図」は、その後、中国の禅マスター廓庵によって2つの絵がつけ加えられました。それは、悟りを得た後、世俗へ戻るとというものであり、社会のなかで生きることを私たちに勇気づけてくれます。このストーリーは苦悩する私たちの心の深遠なる旅として捉えることができます。

尋牛 - 牛を探しに旅に出る

zen_1.jpgこの世という放牧地で私は牛を探しに高く生えた草を途方もなくかき分けて進む、名もない川に従い、そびえる山岳に消え去る道で迷って力尽き、疲れ果て、それでも探し求める牛はみつからない、ただ聞こえてくるのは夜中の森で鳴くこうろぎの声だけ


見跡 - 牛の足跡を気づき始める

zen_2.jpg川岸のちょうど木の下で牛の足跡を発見する! 香り漂う草の下にも牛の足跡を見つけた! 遠く彼方の山々で牛の足跡は見つかった、これらの足形は点を仰ぐ誰かの鼻穴よりもあきらかだ


見牛 - 牛の存在を知る

zen_3.jpgナイチンゲールの歌を聴き、太陽の日差しは暖かく、川岸の柳はどこまでも蒼い・・、絵描きはここにいる牛の大きな頭をどのように描くのであろうか? この威厳に満ちた角はどのように描かれるのか?


得牛 - 牛を捕える

zen_4.jpg私は、牛を捕えるのにひどく奮闘する、彼の偉大な力は尽きることがない、彼は、雲の上にそびえる高地へ突進し、不可入で計り知れない峡谷に立っている


牧牛 - 牛を飼いならす

zen_5.jpg泥まみれた横道に迷い込まないようにムチとロープを使って訓練し、彼はようやくおとなしくなった、今では、つなぎとめておく必要もないほど主人に従う


騎牛帰家 - 牛に乗って家路に着く

zen_6.jpg牛にまたがり、ゆっくりと家路に向かう、私の吹く笛の音は夜の闇に浸透し、調子の良い手拍子で終わりなきリズムをとる、これを聞きつけた人は誰でも私に加わった


忘牛存人 - 牛は超越された

zen_7.bmp牛にまたがって家にたどり着く、心は澄みきって穏やかであり、牛もまた休息することが出来た、茅葺住居で安らぎ、夜明けが訪れた時、たれさがったムチとロープを持っていた私は至福に満ちていた


人牛俱忘 - 牛も、私も、超越された

zen_8.bmpムチ、ロープ、人間、そして牛 -このすべてが無に還元された、天は果てしなく広大でどんな言葉を使ってもそれを言い表すことはできまい、激しく燃えさかる炎のなかでどのように雪片が存在することができようか、ここには、主の足跡がある


返本還源 - 根源にたどり着く

zen_9.bmp根源とその始まりにたどり着くまでどれだけ寄り道をしてきたことか、それなら、はじめから盲目で耳がきこえなかったならよかったものの! 真実の居場所にとどまる - 関心があろうとなかろうと花は赤く、川は静かに流れる


入廛垂手 - 世俗へ

zen_10.bmp素足で、衣から胸がはだけた姿で私は世俗に生きる人々に交じる、衣はみすぼらしく汚れて埃をまとっている、だが、私はかつてないほど至福に包まれている、生きるのに魔法はいらない、今や私の目の前で木は息を吹き返した


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